樹木希林：魂を揺さぶる名言と波乱の生涯

日本を代表する個性派女優として多くの人々に愛された樹木希林（きき きりん）。その独特の存在感と深い洞察に満ちた言葉は、今なお多くの人々の心に響き続けています。本記事では、樹木希林の生涯から代表作品、そして心に刻まれる名言まで、彼女の魅力を余すところなく紹介します。

樹木希林とは：国民的女優の素顔

樹木希林は1943年1月15日に東京府東京市神田区（現在の東京都千代田区）で生まれました。本名は内田啓子（うちだ けいこ）、旧姓は中谷（なかたに）。旧芸名は悠木千帆（ゆうき ちほ）でした。

彼女は日本を代表する個性派女優として、映画やテレビドラマ、CMなど幅広い分野で活躍。その独特の演技スタイルと人生哲学は、多くの人々に影響を与えました。

父は薩摩琵琶奏者・錦心流の中谷襄水（辰治）で、芸術的な環境で育った樹木は、若い頃から豊かな感性を持っていました。彼女の人生は決して平坦ではなく、様々な困難や挑戦に直面しながらも、常に自分らしさを貫き通した波乱に満ちたものでした。

波乱に満ちた生い立ち：東京生まれの少女時代

樹木希林の少女時代は、決して恵まれたものではありませんでした。父は若い頃は警察官で、後に会社勤めをしながら趣味で薩摩琵琶奏者をしていました。母は父より7歳年上で、神田神保町でカフェ「東宝」を経営していました。

千代田女学園に入学した樹木は演劇部に在籍し、当初は食いっぱぐれのないようにと薩摩琵琶奏者を目指していましたが、数学が苦手で大学受験にあまり気が進まなかったといいます。受験直前にスキーで足を骨折したことがきっかけで大学受験を断念。新たな道を模索する中で、演劇の世界へと足を踏み入れることになりました。

人生の転機は思いがけないところから訪れることを、樹木は自らの経験から知っていました。この挫折が、後の彼女の女優としての道を切り開くきっかけとなったのです。

女優への道：文学座から始まった演技人生

1961年、樹木希林（当時は悠木千帆）は文学座付属演劇研究所の一期生として演劇の世界に足を踏み入れました。文学座研究所では「あんた、勘のいい子ねッ、来てちょうだい」と杉村春子の付け人を務め、1962年の小津安二郎監督『秋刀魚の味』の撮影に同行するなど、貴重な経験を積みました。

1964年に森繁久彌主演のテレビドラマ『七人の孫』にレギュラー出演し、一躍人気を獲得。その後、1970年のテレビドラマ『時間ですよ』（TBS）で不動の人気を得ます。1974年に放送されたドラマ『寺内貫太郎一家』では、小林亜星が演じた主役の貫太郎の実母を演じ、当時30代前半という若さにもかかわらず、見事な演技で視聴者を魅了しました。

年代	主な出演作品	特筆すべき点
1960年代	『七人の孫』	森繁久彌主演のドラマでブレイク
1970年代	『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』	個性派女優として不動の地位を確立
1980-90年代	『夢千代日記』など	演技の幅を広げ、多様な役柄を演じる
2000年代以降	『東京タワー』『歩いても 歩いても』『万引き家族』	是枝裕和監督作品などで国際的評価を得る

芸名「樹木希林」の由来と意味

1977年4月1日、「日本教育テレビ」（NETテレビ）から「全国朝日放送」（テレビ朝日）への局名・社名変更を記念して放送された特別番組「テレビ朝日開局記念番組・わが家の友だち10チャンネル・徹子のアナアナ10時間半完全生中継」の中の「オークション」コーナーで、「悠木千帆」という芸名を売却しました。

芸名の売却後、芸名を本名の内田啓子にすることも考えていましたが、内田裕也が「（内田を芸名にすると）俺の個性が君の芸名にうつるってますぜい」と反対。改めてTBSプロデューサーの久世光彦らが同席する会議を行いましたが、久世から「そんなイージーな役者は死ね」と叱られたそうです。

その後、自ら「樹や木が集まり希（まれ）な林を作る＝みんなが集まり何かを生み育てる」ということを連想し、自ら樹木希林と決めました。この芸名には、彼女の人生哲学や芸術観が色濃く反映されています。

内田裕也との結婚と家族関係

樹木希林の私生活も、その演技同様に波乱に満ちたものでした。1964年に俳優の岸田森と結婚しますが、1968年に離婚。1973年10月に内田裕也と再婚し、1年半で別居しました。

その後別居生活を続けていましたが、1981年、内田が無断で離婚届を区役所に提出。しかし、樹木は離婚を認めず、離婚無効の訴訟を起こして勝訴しました。その後は1年に1回程度会う程度の関係となりましたが、2005年1月、内田が脳出血で倒れて手術を受けたことを機に連絡は1か月に1回となり、以降毎年1月には一緒にハワイで過ごすようになったといいます。

内田との間には1人娘の内田也哉子がいます。也哉子は本木雅弘と結婚し、その間に生まれた孫の内田伽羅は、祖母・樹木希林をとても慕っていました。

テレビドラマでの活躍：「時間ですよ」から「寺内貫太郎一家」まで

樹木希林のテレビドラマでの活躍は、日本のテレビ史に大きな足跡を残しています。特に1970年代の『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』での演技は、多くの視聴者の記憶に残る名演技でした。

『時間ですよ』では、下町の人情味あふれる世界を描き、樹木はその中で独特の存在感を放ちました。また『寺内貫太郎一家』では、小林亜星演じる貫太郎の母親役を演じ、実年齢は小林より10歳以上若かったにもかかわらず、頭髪を脱色し「老けメイク」を施して見事に演じ切りました。

劇中で、寺内家の母屋でドタバタ騒ぎが始まると、自分の住む離れに駆け込み、仏壇の横に貼られた沢田研二のポスターを眺めて「ジュリーィィィ!!」と腰を振りながら悶えるシーンは、当時大きな話題となりました。

映画界の至宝：是枝裕和監督作品を中心に

樹木希林の映画での活躍も目覚ましいものでした。特に2000年代以降、是枝裕和監督との作品で国際的な評価を高めました。

2008年の『歩いても 歩いても』では、キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞を受賞。その後も『そして父になる』『海よりもまだ深く』など、是枝監督作品に多数出演しました。

2018年、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『万引き家族』では、家族の絆をテーマにした作品で印象的な演技を披露。この作品が彼女の遺作となりました。

また、『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』では、松田龍平演じる主人公の母親役を熱演。この作品でも彼女の演技は高く評価されました。

公開年	作品名	監督	役柄
2007年	東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜	松岡錠司	主人公の母
2008年	歩いても 歩いても	是枝裕和	横山史緒
2015年	あん	河瀨直美	徳江
2018年	万引き家族	是枝裕和	初枝
2018年	日日是好日	大森立嗣	武田先生

印象的なCM出演：ピップエレキバンとフジカラー

樹木希林はCMでも独特の存在感を放ちました。1979年から出演した「ピップエレキバン」の広告での親しみやすい演技は、多くの視聴者の心をつかみました。

また、1978年から「フジカラーのCM」に出演。1980年に放送された「フジカラープリント お名前印」では、お見合い写真を現像しにきた客（岸小百合）役の樹木と写真屋の店員役の岸本加世子との「美しい人はより美しく、そうでない方は…」「そうでない場合は？」「それなりに映ります」というやり取りが流行語となりました。

フジカラーのCMには40年にわたって出演し続け、2002年には消費者の好感度が最も高い女性CMタレント1位に輝きました。

個性派女優としての確固たる地位

樹木希林は、日本の映画界・テレビ界において個性派女優としての確固たる地位を築きました。彼女の演技は型にはまらず、常に新しい表現を追求するものでした。

彼女は自身の演技について「それまで新劇にいてまじめな芝居しかやってこなかったんで、森繁さんが本を無視して、どんどんその場でつくっていく面白さに最初の頃は洗礼を受けました。森繁さんと杉村さんの違いは、森繁さんは自分を表現していこうとする人、杉村さんは書かれた台詞から多彩なニュアンスを含ませて言う。結果、名作が残ったんですよね。この二つを同時代に同時に見てきたわけですから、両方のいいとこを取り入れていけば、まだ食っていけるという気はしていました」と語っています。

しかし、2008年の『歩いても 歩いても』でキネマ旬報ベスト・テン助演女優賞を受賞した際には、「（ここまでのキャリアを振り返ると）やっぱり、映画は脚本が第一、監督が二番目、三番目が映像で、役者はその後ですよ。優れた脚本と監督に出会ったら、何も変なことをする必要はない。遅いけど、脚本や監督に何も文句を言わなかった杉村さんの凄さが今になって分かりました」と話しています。

名バイプレイヤーとしての演技哲学

樹木希林は自らを「チョイ演女優」と称し、主役よりも脇役として光る演技を大切にしていました。彼女は「代表作? ないのよ。助演どころか、チョイ役チョイ役って渡り歩く、チョイ演女優なの」と語っています。

この謙虚な姿勢こそが、彼女の演技に深みと説得力を与えていたのかもしれません。どんな小さな役でも全力で取り組み、その場面を輝かせる力を持っていました。

また、樹木は役作りについて「役を演じるというより、その人物になりきる」というアプローチを取っていました。台本から受け取った印象を大切にし、監督や脚本家の意図を尊重しながらも、自分なりの解釈を加えて役を創り上げていました。

心に響く名言・格言

樹木希林の言葉は、その深い人生経験と洞察から生まれた珠玉の名言として、多くの人々の心に響いています。

「人と自分を比べるなんてはしたない」という言葉は、現代社会において特に意味を持ちます。SNSの普及により他者との比較が容易になった今、自分らしさを大切にするという彼女のメッセージは、多くの人の心の支えとなっています。

また、「幸せというのは『常にあるもの』ではなく『時々訪れるもの』。だから気づかないといけない」という言葉は、日常の中に幸せを見つける大切さを教えてくれます。

「いつか煙のように消え去っていきたい」という言葉には、彼女の生と死に対する静かな覚悟が表れています。樹木は自身の死についても前向きに、そして冷静に向き合っていました。

テーマ	名言
人生について	「人生なんて自分の思い描いた通りにならないものよ。だからこそ面白いのよ」
自分らしさ	「人と自分を比べるなんてはしたない」
幸せの見つけ方	「幸せというのは『常にあるもの』ではなく『時々訪れるもの』。だから気づかないといけない」
生き方	「おごらず、他人と比べず、面白がって、平気に生きれば」
死生観	「いつか煙のように消え去っていきたい」

「一切なりゆき」に込められた生き方

樹木希林の著書「一切なりゆき」は、彼女の人生哲学が凝縮された一冊です。タイトルの「一切なりゆき」という言葉には、物事を自然の流れに任せ、執着せずに生きるという彼女の生き方が表れています。

この本の中で樹木は、人生の様々な局面での考え方や感じ方を率直に語っています。彼女の言葉は、時に厳しく、時に優しく、そして常に真実を突いています。

「一切なりゆき」は樹木の死後、2019年に出版され、50万部を超えるベストセラーとなりました。多くの読者が彼女の言葉に救われ、勇気づけられたことでしょう。

若い世代に伝えたかったメッセージ

樹木希林は若い世代に向けても、多くのメッセージを残しています。特に、自分らしく生きることの大切さを繰り返し語っていました。

「自分は社会でなにができるか、と適性をさぐる謙虚さが、女性には必要」という言葉には、自分の役割を見つけ、それを謙虚に果たすことの大切さが込められています。

また、「請われて断るな」という言葉は、チャンスを逃さず、様々な経験を積むことの重要性を説いています。樹木自身、多様な役柄に挑戦し続けることで、演技の幅を広げてきました。

「おごらず、他人と比べず、面白がって、平気に生きれば」というシンプルながらも深い言葉は、現代社会を生きる若者たちへの最高のアドバイスと言えるでしょう。

がんとの闘いと最後の作品

樹木希林は2003年1月に網膜剥離で左目を失明したことを2004年1月に発売した瀬戸内寂聴との対談本「人生の知恵袋」で明かしています。

2013年3月8日の第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した際のスピーチにおいて、全身がんであることを告白。2014年1月16日に1年半ぶりのがん治療が終了したことを会見で公表しました。

2018年7月29日・8月5日放送の「ザ・ノンフィクション」（フジテレビ）「転がる魂 内田裕也」のナレーションを担当。8月13日に大腿骨を骨折したため同月15日に緊急手術を行いました。翌16日に予定していた生放送への出演を見送り、電話で出演して状況を報告しています。

そして2018年9月15日2時45分、東京都渋谷区の自宅で家族に看取られて死去。享年75歳でした。

彼女の最後の作品となった『万引き家族』は、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞。樹木は自らの死を予感していたかのように、この作品で渾身の演技を披露しました。

2018年の死去と日本中に広がった追悼の輪

2018年9月15日、樹木希林は75年の生涯を閉じました。彼女の死は日本中に大きな衝撃を与え、多くの人々が彼女の死を悼みました。

同年11月9日から29日までFUJIFILM SQUARE東京で写真展、11月16日から12月2日までレスリー・キー撮影特別展示「愛・樹木希林」が開催されました。2019年6月、初めて自ら企画も手がけた映画「エリカ38」が公開されました。

樹木希林の死から約半年後の2019年3月17日午前5時33分、夫の内田裕也も死去。二人は長く別居していましたが、最後は時を置かずして旅立ちました。

樹木希林の死後、彼女の名言をまとめた書籍「樹木希林 120の遺言」が出版され、多くの人々に読まれました。彼女の言葉は、死後も多くの人々の心に生き続けています。

数々の映画賞と紫綬褒章

樹木希林は生涯を通じて、数々の賞を受賞しました。2008年には紫綬褒章を受章。これは、芸術文化の発展に貢献した人物に贈られる栄誉ある褒章です。

映画賞では、2013年の第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。そのスピーチにおいて、全身がんであることを告白し、多くの人々に勇気を与えました。

また、キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞なども受賞し、その演技力は映画界からも高く評価されていました。

年	賞	作品
2008年	キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞	『歩いても 歩いても』
2008年	紫綬褒章	–
2013年	第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞	–

国内外での評価と功績

樹木希林の演技は、日本国内だけでなく、国際的にも高く評価されていました。特に是枝裕和監督との作品『万引き家族』がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したことは、彼女の演技が世界的にも認められた証と言えるでしょう。

彼女の功績は、単に優れた演技を披露したことだけではありません。日本の映画界・テレビ界において、新しい女優像を示し、多くの後進に影響を与えたことも大きな功績と言えます。

また、彼女の人生哲学や名言は、多くの人々の生き方に影響を与えました。特に「おごらず、他人と比べず、面白がって、平気に生きれば」という言葉は、現代社会を生きる多くの人々の指針となっています。

同世代・後世代の俳優たちからの評価

樹木希林は、同世代の俳優たちからも、後世代の俳優たちからも深く尊敬されていました。多くの俳優たちが、彼女から演技や人生について学んだと語っています。

是枝裕和監督は樹木について「彼女は常に新しい表現を求め続ける人でした。型にはまらず、常に挑戦し続ける姿勢は、私たち映画人にとって大きな刺激でした」と語っています。

また、共演した若手俳優たちも、彼女の演技から多くを学んだと証言しています。樹木は撮影現場でも、若手俳優たちに優しく接し、時に厳しく、時に温かく指導していたといいます。

彼女の死後、多くの俳優たちが追悼の言葉を寄せ、その影響の大きさを物語っています。

樹木希林が教えてくれた「生きる」ということ

樹木希林は、その生き方と言葉を通じて、私たちに「生きる」ということの本質を教えてくれました。

彼女は常に自分らしく、他人と比較することなく生きることの大切さを説きました。また、困難や挫折を恐れず、それを人生の糧として受け入れる姿勢も示してくれました。

「人生なんて自分の思い描いた通りにならないものよ。だからこそ面白いのよ」という言葉には、予測不可能な人生を楽しむ彼女の姿勢が表れています。

また、「幸せというのは『常にあるもの』ではなく『時々訪れるもの』。だから気づかないといけない」という言葉は、日常の中に幸せを見つける大切さを教えてくれます。

現代に響く樹木希林の言葉と精神

樹木希林の言葉と精神は、現代社会においてますます重要性を増しています。SNSの普及により他者との比較が容易になり、「いいね」の数で自己価値を測る風潮がある中、彼女の「人と自分を比べるなんてはしたない」という言葉は、多くの人の心の支えとなっています。

また、物質的な豊かさよりも心の豊かさを重視する彼女の価値観は、持続可能な社会を目指す現代において、重要なメッセージとなっています。

樹木希林は、その生き方と言葉を通じて、私たちに「真に豊かな人生とは何か」を問いかけ続けています。彼女の遺した言葉は、これからも多くの人々の心に響き、生き方の指針となることでしょう。

「おごらず、他人と比べず、面白がって、平気に生きれば」。この言葉こそ、樹木希林が私たちに残した最大の贈り物かもしれません。

樹木希林は2018年に亡くなりましたが、彼女の言葉と精神は今も多くの人々の心に生き続けています。彼女が遺した名言や演技は、これからも私たちの人生を豊かにし、勇気づけてくれることでしょう。